ドゥワァ! センナナヒャク!!

 

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名鉄名古屋本線金山駅の3番ホームに、中部国際空港行きの特急・名鉄1700系が進入してくる様子を撮った12秒間の動画。

 

人々の装いから察するに、季節は冬頃であると思われる。また時刻は、電光掲示板を見ると13時35分とある。季節と時刻からすると、このとき太陽は大体南南西の方角から照りつけることになる。それは名鉄名古屋駅から南東の方向に進んでやってきたこの電車の進行方向とはほぼ直角を成す向きであり、西から南へカーブしたホームのやや東よりにいると思われる撮影者の位置からだと、進入してくる電車は動画のように、その正面と太陽光を浴びて輝く右側面が映る。

動画を通して、名鉄に特有らしい印象的なミュージックホーンが鳴り響いているが、よく聴いてみると、冒頭のところで空笛が一度短く鳴らされていることが分かる。この空笛が鳴るが早いか、電車待ちの人混みの間を縫ってドゥワァ!の青年がにわかに駆け出してくる。また同時に、画面右奥の黒いコートの女性が彼に奇異の視線を向ける。無論それを顧みることなく、青年は真剣な面持ちで弓なりのホームを軽快に走り、2,3秒のうちに画面中央、電車の正面に躍り出る。ここで先ほどの男女にやや遅れて、坊主頭の学生がドゥワァ!の青年の方を見やる(制服からして、名経大市邨の学生と思われる)。そして、途端に破顔、笑みを浮かべて、興奮した様子で「ドゥワァ! センナナヒャク!!」と口走る。

「ドゥワァ!」の瞬間に弾けた満面の笑みの印象が去ったときにはもう、青年はホームを駆け抜けて画面の外へ掃けてしまっている。さっきの女性ももう彼を見ていない。画面に残されているのは、電車の眩しい前照灯と、青年を目で追う坊主頭の学生である。学生はなおもしばらく青年の方へ視線を向けるが、その手前にマスクの男性が進み出てきたためか電車のほうへ向き直り、またこの男性と重なってその姿も隠されてしまう。ここでちょうどミュージックホーンが鳴り止んで、動画は終わる。

 

 

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この動画の一つの見方、つまりこの動画に見いだすことの出来る一つの構造に、「日常」と「逸脱」、もっと言えば「日常からの逸脱」と「逸脱の日常への回収」があるように思う。

日常とは、駅のホームで立って待つ人々を、規則的に運行する電車が迎えに来る風景である。逸脱とは、到着する電車に先駆けて走り出す青年である。

日常とは、引退間近の1700系電車を正面から撮影することである。逸脱とは、ドゥワァ!の青年が瞬間的に電車の前照灯をかすめながら正面へ躍り出て、画面をジャックすることである。

日常とは、ミュージックホーンのメロディーであり、駅の構内放送である。逸脱とは、「ドゥワァ! センナナヒャク!!」である。

日常とは、学校帰りの学生であり、ガムとイヤホンである。逸脱とは、スマホの他に何も持たない、鉄道オタクの青年である。

日常とは、青年から目をそらす女性であり、女性の後ろ姿である。逸脱とは、青年を目で追う学生であり、学生の顔であり、その視線の先にいた、あるいはいるはずの青年である。また日常とは、学生をカメラから隠してしまったマスクの男性であり、すぐそこまで来ている1700系であり、「ドゥワァ! センナナヒャク!!」の不在である。

 

 

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空笛が鳴るとともに青年が人混みの中から現われ、カメラの方へ走ってくる。何かの予感を与えながら。もしこのときに黒いコートの女性の視線に気づいていたなら、その視線がそのまま、この予感がなんであるか見破らんとする我々の視線に一致するだろう。

そして、予感が成就する。不満足に。というのも、「ドゥワァ! センナナヒャク!!」の声を聞き届けたときには、そしてこの逸脱に興味を惹かれ始めたときには、もうドゥワァ!の青年は画面にいない。触れられるうちは見えず、見えるようになるともう触れられない。予感はいつのまにか余韻と化してしまっている。

この時点で既に、ドゥワァ!の逸脱の緊張感を辛うじて伝えるものは学生の視線、学生の顔のみとなっている。だから画面の前の我々は、逸脱の残り香を追う過程でこの学生に自己を投影し、彼とほとんど一体になる。そして我々であるところの彼がマスクの男性に遮られ、また男性越しに彼が電車の方へ向き直っているのが見えると、我々もまた電車の方を見る。

そもそもこの映像は、まさに駅に停まろうとしているこの1700系を撮るために開始されたものである。そもそも学生含めホームにいる人々は皆、この電車に乗って各々の生活の場へ行ったり帰ったりするためにここに集結しているのである。電車が、ドゥワァ!の青年および学生の不在に相対化されて浮き上がった電車の前照灯が、「ドゥワァ! センナナヒャク!!」の声の不在に相対化されて浮き上がったミュージックホーンおよび構内アナウンスが、(画面の前の我々にしてみれば架空の)日常への回帰を促す。特に前照灯は、我々の意識を聴覚から視覚へ強力に回帰させる。我々は、梯子を踏み外して初めて地面を知るのである。

 

 

 

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